内容証明全文(甲第一号証書き起こし)-平成13年5月10日送付

前略

先日の三月二十二日の話し合は辛辣で、不愉快なものであり、小生承服できるもので無い、吉田潤一君の体調は週三回の透析、体重四十キロそこそこ、食も進まない状態。残念であるが現状維持が良しとしなければならない事は貴君も解っているはづだ。少年の頃から好きだった文学、詩の1つでもの気分なってユックリしたものにしてもらいたい、と云うのが小生の考えである。

ドロドロしたクソツボ様なところで彼を終らせたくはない。貴君は吉田とは死ぬも生きるも一緒だ、と目をむいて、大声で云うが意とするはなんだ。彼は貴君の政治思想、哲学、業績等に惚込んでそこにいることでないことは確認してから貴君を訪家している。彼は体力の限界を感じてやめると云ったのに対して、貴君は吉田の精神力は云々、北上川下り云々、と云ったと聞く。精神だ、魂だ。事実とすれば六十年前の、神風特攻と相通づるものだ。

吉田君が辞めると云ったら、事務所の全員がやめると云いだしたと聞く。これに対して、多賀さんは馴合、恁合と云うが、それは当らない。貴君の人間としての魅力のないこと、人徳の無いことの結果である。

 彼は少年の頃、ヘミングウェイに惚れ込んだ時期がある。 国家か、友か、又人殺をしてしまった者でも友は友だの思い、事務所の全員が辞めると云いだしたこと。これ等がゴチャゴチャになって身動きがとれなくなってしまっているのだ。人の生命をどのように考えているのだ。政治活動をやめることが、自分が死ぬことだなどと考えているのではあるまいな。貴様の政治家願望などそんなカチのあるものでない。野望に押し流され友に対しての涙(目から出ることでない)の一滴もなくなってしまったか。

宮守村長選のことはこのこと1つだけでなく同じようなことが小生の限られた知る内にも山のように多く聞こえて来るから勘弁出来ない。歴史を見れば親、兄弟を殺して権力の座についた者は多くいるだろうが、現今の日本では通る話でない。身内、友人、他人、みさかいなく踏台にして国会議員になって何をやると云うのだ。その様なことまでして推し進めなければならない政治思想、哲学、大義があるなら。小生白髪頭ではあるが、貴君の大きな目玉が飛び出るような大金を授業料として用意し、弁当を持って毎日教えを乞いに参上する。

最近吉田君に、高橋が金を借りて行ってから疎遠になったと云ったと聞く。金を返せなくなって寄付がなくなったとでも思ったか。お門ちがいもいいかげんにしたまえ。どっちが借りて、どっちが貸してると云うことだ。貴君に願われ何拾回も出しているが、一度でも借用証など口にしたことがあったか。先日会うまで催促したことがあったか。貴君は借用証を求め弐百五拾万円の書面を自分で確認し、明日東京から送金するとの約束で 借用書を吉田君に預けわかれた。翌日送金されたのは壱百五拾万円であった。あわてて電話したら、百万円はそっちでなんとかしろよ。との話であった。生れて始めての貴君に対しての金のたのみであった。貴君に何拾回となく用立しているが、この様なことをした覚えはない。一度でもあったら書面にて知らせてくれ。

 

 他の疎遠になった元原を記す。

昭和四十四年が貴君の結婚した年と記憶する、披露宴は盛大なものであった。その翌日菊池トラカヅは、結婚式が花だ、玉沢は演説乞食になるぞ、の捨台詞を残して去って行った。 晩秋と記憶する、福出町のシメさんが参百萬円持参、小生が受け取った。急ぎ貴君の父に連絡して事務所に来てもらい二人きりで話合いとなった、前半は喧嘩、後半はシンミリした話で同額の参百万円を了解してもらった。  今考えるとコッケイであるが出ないと後々貴君の立場がないと主張した。 後半のシンミリの話で権力の座(政治家)とは恐しいものだ秀吉の量後はみじめだ、の話が心に残る。菊池は逃げ失せ、吉田君は藤田喜平氏の会社に席を置いて、サボッての奉仕、ヤジウマ気分の学生供。一二月になって選挙が始まった。

当時は1万円札が目立つ時代であった。 パチンコ屋で両替したりして、徹底してばらまいた。投票日の夜、太田橋の下で事務所の紙類を全部燃した。 バラマキメモは隠し持ってた。何が起きても、玉を守るの一念からである。

もちろん俺の脳ミソだけで出来たことでない指導してくれたのは花巻の照井甲四郎氏。橋本翁がパリーに逃亡したときの参謀長が照井氏と高弥の先代であった。一万八千の得票であったが、小生誰も出来ないことを、やってのけたの気分で誇りであった。投票の翌日文章違反が一つ出た、来たなと思い、バラマキメモを水で溶かしトイレに流した。 しばらくして貴君にメモの提出を求められたが、あるわけがない。大声と目玉でムカッときたが大して気にもしなかった。

事務所解散。

新車に頭金も入れないで買入し、月賦の多大に残った車を引受け、事務所で使用した古ストーブ一個。約二年間の報酬が、ゼロでなくてマイナスなのである。途方に暮れる小生を拾ってくれたのが恵工業の菊地社長であった。この頃の恵工業は今の様に立派な会社になっていなかった、金貸が事務所に居座ることさえあった、そんななかで車の月賦を払うため何度も金を借りた。イヤな顔を一度もされたことが無い。今思い出してもハナ水が出て、頭がさがる。月給でなく、歩合給にしてもらい、働きまくって会社を設立した。この間の金品も、トータルすれば少ない物ではないが、思い起す気があれば解るはづだ。

 一件については思い出してもらう。

昭和四十七年七月、東京の右翼の超大物で、関山義人と云う人がいる。コダマヨシオと同格の人物で、そのトップの番頭に、井上と云う大人物がいる、その人に選挙資金を願ったら、地元で金が出ないのでは出せない。地元で出るなら、出してやると云われたので是が非でも出してくれ、との話であった。大変な話を持込まれたと思った。会社設立から一年そこそこ、余裕金等あるわけでない。 二三百の金では役に立つどころか、笑われると考えた。 誰彼に話せることでもない。  貴君の父に会って話そうか、とも考えたが、盛大な披露宴、参百万の件、等考え合せ、無理と思った。

  金は必要なとき、必要な額があって力があり、役立つものだ。

経理の者が苦い顔をするなか、仮払金として壱千万円を小生名義に引出して、貴君の家に行き、借用証等、紙切一切無しで、小生の手から貴君の手に借した。

神農道では、この様な金は、命が担保だ。(小生はヤクザでないから心配不要)

先日の話で、あの金は、お前だけの金でないから払わないとハッキリ云った。このことがどう云うことか、小生の目の黒い内に貴君に、しっかり教えてからでないと、小生は目を白く出来ない。

 大学院時代、親も出さなかった学費を、手をドロにして野菜作りで、かせいだ金を願われるまませっせっと送った。願われた手紙が膨大にあったが、小生北海道に駆ヶ落する前、こんなものが残っていては後々、玉にキヅをつけることになってはいけない、と考え全部燃やしてしまった。残念なことをしたものだ。

今になってみると、「玉」などではない。

永田町に行って、金バッジをつけ、威張りチラシたいだけの、醜い野心の塊である。磨くなどしたら、ウンザリと、悪と害が、北上川のごとく流れ出す。

 

貴君の祖父の葬儀の日は、晴れた冷たい風の日だった。 貴君は、MRA、なる新興宗教みたいなものに没頭して海外だったと記憶する。 貴君の居ない田老に何度か行った。裏のバス駅まで送ってくれ、涙しながらの笑顔で話してくれた。そのときの「トク」は今の貴様のようなものでない。

貴君の父の自殺については、ナニオカイワンヤ、であるが、このさいだから記す。葬儀に吉田君と小生が列席して、法事の膳にまで座した。残念でもあり、悔しかった。玉にキヅをつけることになりはしないか、と気にもかかった。無理して出してもらった、参百万円の件もあり、少々責任を感じた。俺も小豆相場等に手を出しことがある、もう少し足しげく来て合っていれば、こんなことをさせないで済んだかもしれないな、と云ったとき、貴様の顔が変にゆがんだので、気にはかかったが理解できなかった。

 何年後かになって解った。

議員会館の事務所で、貴様に、クソ、ミソに怒号され、ローソクの様な顔色と、脂汗で、帰って、四、五日後の首ツリだったと知ったときは、本当にウンザリした。田老の生家に、どれほどの荷を負わせて来たかを思う気持ちが少しでもあれば、 なにも知らづ法事の膳にまで座らされた者はピエロだ。

永田町で、豆ツブぐらいの金バッジを付ければ、体内に金色の血が流れるとでも考えているか。バカも休々考えたがよい。

全世界を探し回っても、死なない人間は一人もいないはづだ。 人の死を早めることを、人殺し、と云うのだ。法の以前に道義があるはづだ。他人をキヅ付けないで生きて行ける人間は居ない。 誰もが、効も、罪も、誇りも、ショボクレ、も引づって生きていると考えるが、貴様の行為、言動、はその範囲を越脱して、麻薬患者のごとく狂っている。

今度の選挙がだめなら政治をやめる、と云ったが、今やめても遅過ぎる。

今日の日本は平和を装っているからよいが、乱世、貧困等であれば、とんでもないことをやらかす素質と要素を持っている。共産主義は悪魔だ、悪だ、と大声で云うが何千年も前から悪魔がいたことは、政治学、政治史を、大学院まで極めた貴君に解らないはづがない。

俺が貴家を訪した後、吉田君に高橋が大分金に困っているようだ云々・・。

シメさんに、線香を手向けたことにまで猜疑の云あったように聞く、シメさんは俺の母二回、父のとき、三回も葬儀に来てくれた人だ。義理を欠くな、と云われるなら解る。猜疑の云があったとすれば論外だ。金に困って小銭でもセビリに来たとでも思ったか。畳のゴミも、北上川下りも、スリーピングバックでの星空も、何もかも、腹を立てることもやめだ。(軽いものではなかったぞ)

但し、このような者が、世に大きな顔をして、ノサバッていることは、社会の悪である。根こそぎ征罰しなければ、後々世に悪の繁茂をゆるすことになる。

訪家したあの日は、大学の卒業式に行ってると聞いた。  貴君の学問の高さ、見識、哲学のすばらしさ、等々から大学に招かれた、と考えてるか。選挙には莫大な資金を導入し、落選して、金もなく、仕事も無い貴様を、大学の講師にまで引き立ててくれた、井上さんとはどんな付き合いになってますか。吉田君から、自民党と社会党が連合したことでまづくなった、と聞いていたので、話したことがある。

「バカモノ、俺のケツアナがそんなに小さいと思っているのか。」 としかられる始末だった。又、玉沢・・・あんな者はブッ殺すカチもない、ともいっておった。

俺も今回で百パーセント理解できた。

 この様な者に、金を借しておく理由が無い、が、一度も呉れると行ったことはない。貴様も呉れろ、と云ったことは一度もない。

額は現今の価値にすれば多大なものであるが算出がめんどうだ。小生の借りは後にも、先にも弐百五拾万円が壱百五拾万円になってしまった、あの一件だけである。四十七年の壱千万円の件は別として、損になるが、壱百五拾万円と相殺して。 いやと云うなら、面倒でも算出する。

四十七年の壱千万円について、ここに新めて精算請求する。

現在の貨幣価値に換算すると、八千万とも、壱億ともなるであろうが、話が面倒になるだろう。 銀行定期金利計算でも四千万以上になる計算である。貴君の器量では面倒と考える。総務庁統計局の消費者物価指数年報に順じて(平成十年)算出すると、弐千八百八拾四万八千円となるので、この金額を、平成十三年五月末日までの期日として請求します。

誰の金だか解らないから返さない、等と田舎の詐欺師も用しないようなことを、大臣二期をやった人が云うものでない。 云われて引下る俺でもない。 又KSDと何億もの商取引をつなぐ貴君である、金が無い等とは云わせない。

 

 云った、云わないでは話にならないので、内容証明郵便で、今月の二十日までに返答を下さい。生ごみが腐って、ぶつぶつ音がしてる、等と思わないでくれ。これだけ赤裸々に書くにはそれだけの覚悟の上である。返答しだいでは、この内容、多数の第三者が目にすること、石割桜に記録として残し、日本国民の誰もがみれるようにすることを申しそえる。

 釈迦は、無知は罪悪だと説たと聞く。候補者の人間性の中身、実像を選挙民が知らないことは罪悪となる。選挙妨害等する気はサラサラ無い。尚、現時点で政治色、政党色は一切無いことを断言しておく。辛辣な文面であるが、ウソは書いていたいことも申しそえる。俺が手紙を書くことなどみたことのない妻が興味深々なので、鶴の恩返の昔話をして解らせた。人に見せられる代物でない。

追記

俺は小佐野ケンジに憧れたことは一度もないが、山下太郎(山師太郎、アラビア太郎)には芯から惚れ込み、憧れた。俺等が二十才そこそこの頃、六十才の山師太郎が、アラビアに石油を掘りに行った記事を読んで、胸が苦しくなり、涙が止まらなかった。後になって後押が岸信介と知った。人の縁を考えさせられる。

 

林、ヤブを開拓して、イモ、カボチヤ、モロコシ、等々を作付し、梨、ブドー、柿、等の枝を整え。

 鳥の声を聞き、

             ちるさくら    残るさくらも    散るさくら

の心境であったが、この件が決着つくまで、やめだ。老骨の血をこれだけ滾らせてくれるのだから友とは、有難いものである。

 

平成十三年五月十日

         高橋 脩

 

     玉沢 徳一郎 殿

 

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